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PTAの「会計」という役職が抱える問題

今年度も後半になり、PTAとしてはそろそろ次年度の本部役員候補に関して悩み始める時期ではないでしょうか。
新年度前が近付いてくると、「PTA本部役員決めの季節」になります。
そうすると、PTAに深く関わったことが多い保護者の方ほど静かな緊張が走る気がします。

その理由としては、中学校なら小学校、小学校なら幼稚園と、進学前の場所でPTAをやっていた人に目を付けて本部役員の勧誘を行うケースが多いからです。
この方法は本部役員をやっている身としては理解できますが、勧誘される側としては戦々恐々の心境に陥る人も少なくないと思うので、私はこの声の掛け方をやめた方がいいと思っています。
確かにそうしないと次年度のPTAが回らなくなる可能性が高まるのでそうせざる得ないと思いますが、これは毎年度やり過ごす為の対処療法でしかないと思うんです。
「PTAに関わると本部役員にされる」という口コミが保護者間に走り、本部以外のPTA活動への参加も後退化する傾向が往々にして強まります。
実際、その様な経験をしたこともある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

PTAの本部役員というのは、正直その役割厄介だと思います。
その中の「会計」という役職漏れなく厄介ですが、他の役職と違って「お金の管理」というものがあるため、少し特殊な立場であると私は思います。
ちなみに私は来年、その会計をやることになりそうです。笑

そこで今回は、PTAという組織の成り立ちと日本的慣行の中で、「会計」という役職がどのような問題を背負っているのかを掘り下げてみたいと思います。

また、例によってそしていつも重ねて申し上げますが、これはあくまで私見個人的見解です。
エビデンスなしの独自見解も含まれていると思ってご容赦ください・・・。

敬遠されがちな役職のひとつ

PTA役員の中でも、会計は敬遠されがちな役職のひとつだと思います。
そもそもどの役職も敬遠されがちですが。笑

「お金を扱うのが怖い」「間違えたら責任が重い」「時間がかかる」そんな声は、全国どこのPTAでも聞こえてくるでしょう。
確かに会計は、単なる「お手伝い」では済まない仕事です。
集金支出管理領収書の整理決算報告など、いわば小規模な団体の経理担当であり、正確さ信頼が何より求められます。

ですが本来、PTA保護者教職員「子どものため」協働するボランティア組織であるはずです。
それにもかかわらず、会計担当がまるで企業の経理職のような責任を一身に背負わされている現状は、制度的にも文化的にも大きな歪みを抱えていると思います。

曖昧な法的位置づけと責任の不明確さ

まずPTAという組織は法律上の法人ではないです。
多くの学校では任意団体として存在し、法的な人格を持たない組織です。

つまり銀行口座PTA会長などの個人名義で開設されることが多く、その資金管理は実質的に会計担当者の個人責任に委ねられているのが現状だと思います。
この曖昧な立ち位置会計担当にとっての最大のリスクです。
もし誤使用記帳ミスがあった場合、団体ではなく担当者個人が責任を問われる可能性があり、まさにボランティアに過ぎないはずの立場に法的リスクが付きまとう構造的問題であると言えるのではないでしょうか。

そしてさらにややこしいのは、PTAの資金がしばしば学校の予算の延長線上にあるように扱われる点です。
「学校の第二のサイフ」などと呼ばれるくらいで、行事の費用などを学校側がPTAに依頼するケースも多く、どこまでが学校の事業でどこからがPTAの自主活動なのかが曖昧なケースも生じます。
お金に関して学校側とPTAのやり取り窓口が会長や副会長が間に入って担う場合もありますが、会計が直接行っている場合は支出の判断が難しくなり、会計担当は板挟みになることもあり得ます。
「先生に頼まれたけど、これPTA費で出していいの?」といった迷いは、実務を経験した人なら感じたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

個人的にはもう面と向かって「学校の第二のサイフ」と謳ったほうが潔いのではないかと思うのですが・・・。

手作業に依存したアナログ運営

ビジネス視点で見るととんでもないことなのですが、多くのPTAではいまだに会計処理が手作業で行われていることが多いという実感です。
集金は封筒方式、領収書は手書き、帳簿はExcelで酷いと手書きの帳簿・・・。
そんな光景は案外珍しくないと思います。
ITツールを導入しようにも、「個人情報の扱いが心配」「前例がない」「次世代も使いこなせる人がいるかどうか分からない」といった理由で却下されることも多いです。

ちなみに私の息子の中学校も娘の小学校も、会計帳簿は手書きです。
その理由を尋ねてみましたが、共通して「前任から手書きでないとダメだと聞いているから」という返答でした。
会社会計であれば、少なくても帳簿をExcelで作成管理することは手書きよりむしろ効率的で不正もしづらく推奨されます。
なので、私はこの理由を聞いた時、手書きでないといけない根拠もなく、全く理解が出来ませんでした。
そして変わらない。

この非効率さが確実に会計担当の負担を倍増させると思います。
特に年度末の監査報告書を作る時期には、家庭や仕事の合間に作業するという方もいらっしゃるので、下手をすると深夜まで数字と格闘する保護者もいるでしょう。
ミスが許されないという心理的プレッシャーも加わり「もう二度とやりたくない」という声も聞きますし、やりたがられない理由にも繋がります。

またPTAの会計業務は、担当者のスキル性格に大きく依存しているところもあります。
元々会計の知識がある程度ないと出来ない役職である上に、前任者が几帳面でExcelが得意なら整然とした帳簿が残りますが、そうでなければ資料はバラバラということもあり得ます。
マニュアルがないまま引き継ぎが行われ、次年度の担当者が「何がどこにあるのかわからない」と頭を抱えるケースあるあるじゃないでしょうか。

PTAのどの役職もそうですが、この属人化は毎年のようにPTA活動全体の効率を下げ、無用なストレスを生むと思います。
私は他の役職はあえて属人化して、その年度ごとに出来ることが変わってもいいのではないかと思っているのですが、会計だけはそうはいきません。

透明性と信頼のジレンマ

そもそもPTAに対して「お金の使い道が不透明」という批判はどこのPTAでも根強くある話だと思います。
特に近年はSNSなどでも「PTA費の使途を公開すべきだ!」という声も多く見られます。

それに応じて明細などを公開するPTAもあったりしますが、逆にPTA本部側としては細かすぎる説明を求められて疲弊する例もあるのではないでしょうか。
そもそもPTA総会で収支計算を終え決算報告を手間暇かけて作成しているので、ここで公開する透明性と信頼性を担保している特に本部側は思うかもしれませんが、そもそも異議を示す方々はPTAを嫌厭している方々が多いですし、基本的に嫌厭していなくてもPTA総会に参加する人は本部をはじめ委員会や専門部以外では稀有ですし、総会資料を読み解くのも一苦労です。

個人的にこれって、政治家政党が政治資金収支報告書を公開して、収支の請求書や領収書をPDFで貼り付けて公開しているから透明性があって信頼されるでしょう?というロジックと一緒だと思うんですよね・・・。
本当に興味関心と余力がないと、一般人がくまなくチェックするってまずないと思うんです。
PTAの会計報告も似たようなところを感じます。

そこで、より分かりやすく伝わりやすい会計報告を考えても、やはり手間暇が掛かりますし、それ故に会計は透明性を保とうと努力するほど重箱の隅をつつかれる可能性もあり、そうなるとボランティアなのに何で責められるのかという思いに至ることもあり、そんなジレンマに苦しむことになってしまうこともあると思います。

ただ実際、近年報道もされていますが、不適切な支出や不明金が発覚するPTAも存在することは確かです。
その度にどの学校のPTAも一律で捉われ、「会計がしっかりしていない」「監査が甘い」批判が発生します。
ほとんどのPTA会計担当者は誠実に職務を果たしていると思いますし、問題の多くは制度的な不備に起因していると思います。

にもかかわらず、疑惑の目が個人に向けられる構造は、ボランティア活動としてあまりに過酷だと思います。

責任と負担の再分配

そもそものPTA会計の問題点である会計業務を個人に押しつける仕組みから脱却するためには、まずデジタル化が欠かせないとは思います。
例えばクラウド会計ソフトを導入すればデータ共有監査が容易になり、担当者が1人2人で抱え込む必要もなくなりますし、複数人でのチェック体制を整えることで不正防止にも繋がります。
「PTA会計=単独作業」という構図を壊すことが、負担軽減の第一歩だと思いますが、ここでクラウド会計などを電子的な提案をすると、「誰でも出来る方法ではない」という意見絶対と言っていいほど出ます。笑
ですが、今困っているから問題課題となっている訳で、それを言っていては改革は出来ないのではないでしょうか?

そしてもうひとつの課題は、学校とPTAの関係性です。
これは学校によっては全く問題なく円滑な関係性を保っているケースもありますが、校長先生教頭先生などの管理職の転任取り決めが変わることもありますし、ケースバイケース恒常的に安定した関係性を取り持つのはなかなか難しいと思います。
そしてPTAが学校の下請けともいうべき構造になっているパターンにおいては、会計面「第二のサイフ化」しており、それはそれで問題ですので、互いの役割を明確に分けることで会計の線引きもクリアにしたほうがいいです。

教育現場の支援は必要ですが、それは学校の責任を肩代わりすることではないと思います。
PTA独立した活動として成熟するためには、金銭の扱いから関係性を整理する勇気が求められるのではないでしょうか。
その中でも逆パターンに見えるかもしれませんが、私はあえて「PTAは学校の第二のサイフである」認めて公言し、その上でサイフとしての収支を行う方が関係性の整理が出来るのではないかと思います。

やりがいより仕組みで支える時代へ

戦後、PTAが確立された頃から昭和後期くらいまでは、「子どものために頑張る親」称賛されたと思います。
しかしそれは当時の家族構成や働き方などのライフスタイル前提としてあった価値観だと私は思っていて、現代では共働き家庭が増え、保護者の生活スタイルが多様化した今、そいういった「頑張ることが美学」のような精神論だけでPTAを維持するのは正直限界に近いと思いますし、実際にPTAが消滅している学校もあり、維持不能と判断した各自治体のPTA連合会などの上部団体もあります。

あくまで私の中の結論ですが、会計だけに限らず、PTA全体の運営を「善意の個人」に依存する仕組みは、到底持続可能な組織ではないです。
必要なのは「やる気意欲のある人に頼る」のではなく、「誰でも安心してできる仕組みを整える」ことではないでしょうか。
その中でクラウド管理ガバナンス文書の整備責任の明文化等々、そうした形を作る地道な改革こそが真の信頼を生み出すところもあると思います。

PTA会計の問題は、単なるお金の管理の話ではありません。
それは地域社会における「ボランティアのあり方」や、「責任の所在」という根源的なテーマを映し出していると思います。

会計だけでないですが、PTA本部役員やその他の役割が担う苦労「仕方ないね」で済ませる時代は私はとっくに終わったと思います。
誤解を恐れず申し上げると、もう既にという部分もある気はしますが、これからは「仕方ないね」で済ませるPTAからどんどん消滅の危機に至ると思います。

PTAの本来の存在意義である「子どものための活動」を続けるなら、大人たちはまず自分たちの組織を社会的に通用する仕組みに変えなければならないというのが自論です。
透明かつ合理的、そして安心して関われるPTAという実現こそが、次世代の教育環境をもより健全なものにするはずと感じます。

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